【6】「 曼荼羅って何ですか、何故いろいろなものが有るのでしょうか?」
 曼荼羅[マンダラ]にも各種のものが有りますが、特に密教では金剛・胎蔵の両界曼荼羅を中心に、その教義を展開しています。ここでは、この両界曼荼羅についてお話しいたします。
 二つの曼荼羅の各々の意味を理解する上で、「金胎不二[こんたいふに]」と言うことを先ず考えなければ成りません。別々のものではなく、いのちとその活動を表していて、陰陽や表裏のような二面性では決して無いと言うことです。
 胎蔵[たいぞう]曼荼羅は、私たちが暮らしている現象世界と、仏様が活動している精神世界を全て表現しているもので、善悪にかかわらず、いのちそのものの姿を如実にあらわしています。お釈迦さまの言う「諸法無我」の世界観です。
 金剛曼荼羅は、いのちが変化して育っていく姿を現しています。時間の経過や進歩発展の表現ともとれるでしょう。「諸行無常」を前向きに捉えると金剛曼荼羅の世界観へとつながっていくのではないでしょうか。
 そう考えてくると、今の自分は育っていくために、いのちを授かりこの世に生まれて、そのいのちのを育てていくための努力を続ける責任があります。得ることの難しい人として生まれ、遇うことの難しい密教にたどり着いたのですから、ひたすら感謝するほかありません。
 金剛・胎蔵の両曼荼羅は、いのちの有り様を表現しています。自分のいのちを曼荼羅の一部と観れば、喜怒哀楽や趣味趣向に振り回される、小さないのちの破片で終わってしまうかもしれません。
 しかし、自分の中に、曼荼羅そのものが存在し、すべてをそのいのちの中に含んでいると自覚すれば、感情の起伏にもいのちを観じ、障害や災難にも一期一会を見いだすことが出来るようになります。
 全てを抱えて内に含む無限のいのちが、まさに自分の中に存在し、過去からも綿々と続き、これから先も粛々と伝えられ続けていく曼荼羅そのものなのです。それを観じとったお釈迦様は、「涅槃寂静」と言われたのではないでしょうか。

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