【1】「 お経の意味がまったく理解できません、読経していて良いですか?」
 同感です。原本が解らないならいざ知らず、翻訳されていても何のことやらさっぱりですね。それに意味が理解できないどころか、ただ読むだけでもいろいろな読み方が有るように感じるものです。
 そこで先ず考えられる理由として、お経と戒律と理論は仏教の大事な要素で、研究や学問の対象となってきました。でもそれは、仏教を他のものと区別するための方法にすぎません。
 つまり、生活の中にどうすれば仏教が生かされ、その効果で人生を楽しく生き抜けるのか、と言うような使い方の工夫はほとんどされてきませんでした。
 それと、当事者の努力不足により、目の前に有る大事な答えを読みとることができない、衆生の秘密と言われることや。こころの未熟な者にとっては重すぎる内容なので、時期が来るまで教えない如来の秘密と言われる場合なども考えられます。
 研究する側も、勉強する側も、学問を修得する場合の様に仏教に接していたのでは、その優れた点には気付かずに見過ごしてしまうことばかりだと思います。できるだけ冷静な心境の中で観じるのが大切です。
 結果や答えを導くための道具ではなく、命の法則を体得しましょう。心が育ってくれば、それに応じて教典の内容も理解できるようになって来るでしょう。
 先を急げば急ぐほど、苦しむだけで答えは得られません。お経が読めないのは、未だその時期に至っていないくらいに考えて、こつこつと修行を続けましょう、お互いに。

by SHUSEN.COM